Cafe & Restaurant


by chocotaki

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手作り雑貨、ハンドメイドキャンドル、フランスアンティーク雑貨、衣類など続々集結中☆
明日一日限定です。ワークショップも開催します!
お天気が心配ですが是非遊びにきてくださいね。(10:00~18:00)
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by chocotaki | 2011-04-30 21:39 | イベント情報

はんけしワークショップ

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明日のご来店、心よりおまちしております。
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by chocotaki | 2011-04-30 13:11 | イベント情報
動画の一部をアップしました。



とにかく皆さん必死に作業されています。
窓をあけて「がんばってください!沢山の人達が応援しています」と伝えた。
片手をあげて応答してくれた。
この現地の方々に激励させて頂くことも目的の一つだった。

先日お店に「くれぐれも気をつけて、頑張って行ってきてください」と
それだけを伝えに来てくれたお客様がいらっしゃった。
この言葉にどれだけ勇気付けられたことか。
ツイッターやブログコメントでメッセージを頂く度に、
どれだけ「僕もできる限り頑張るぞ」と思ったことか。

少しだけ激励するのは照れくさかったり、恥ずかしかったりする。
でも、こんなにも頑張ろうと思えるならば、僕も激励するべきだと考えた。
そして現地で実践した。

お預かりしている義援金をお渡しするような状況ではなかった。
後日、銀行振り込みにて義援金を送金します。
証明書または受領書をアップして報告とさせて頂きます。


お互いに譲り合ったり、助け合ったりしている現場。
一日も早い復興と元気な街復活を心より願っております。


そうして陸前高田市を出発。
最も印象に残っているのは帰りの道中「ご支援ありがとうございます、わたしたちは負けません」
「全国の皆さん、ありがとうございます」など多くの看板メッセージが立っていた。
ちっぽけな自分、無力さを知って少しだけ落ち込んだ。

物資を運搬することくらいなら、おバカな僕でもできる。
お店で物資を募ったら多くのママさん、パパさんが協力してくれた。
名簿を確認したところ最終的に120名を越えていた。

ひとりでも多くの子供に笑顔が戻って欲しい。
今回深く心に刻みこみました。


義援金額 19,300円
走行距離 1126キロ
行動時間 約33時間
使用燃料 117.86リットル
高速料金 18,510円
給油料金 19,089円
カンパ代  9,500円


最後に
救援物資を集めて下さった全ての皆様
お店にご来店頂いてお声をかけてくださった皆様
お店の前や、娘の幼稚園で応援して下さった皆様
メールやお手紙で応援して下さった皆様
ツイッターやブログでリツイートやコメント下さった皆様
ご協力頂きましたお取引先様

心より感謝を申し上げます。
ご協力ありがとうございました。
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おわり
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by chocotaki | 2011-04-29 22:57 | ちょこたきの取り組み
福島をあとにした僕は東北道をさらに北上した。
動きたかったルートは
仙台→名取→石巻→気仙沼→陸前高田→大船渡→釜石→宮古と北上したかった。
目的は当然、皆さんからお預かりした19,300円の義援金を渡すと同時に
「頑張ってください、応援しています」と激励したかった。

津波の被害が広く全壊が最も多かった場所、陸前高田市にクルマを走らせた。

愛宕山を越えて陸前高田に入ったのが18:00過ぎ。日没までもうわずかだった。
街に近づくとそこは想像を絶した世界だった。

ある程度の覚悟、心構えはあったが現場は強烈だった。
一言も発することが出来なかった。
何も考えられずにカメラを回した。

走っても走っても被災地が続く。
薄暗い道の両脇には見たことのないリアルな風景が広がっていた。
若干暗かったので詳細に状況を把握できなかったのが幸いして、恐ろしさは半減していたのだと思う。
それでも衝撃が全身を走った。

とりあえずクルマと身体を休める為に停車する場所を探さなくてはいけなかった。
仁田山に向かった。山に行けば津波の心配は軽減されると思った。
そこでipadを出してメールチェックやツイッターを確認した。
たくさんのメッセージを頂いていてビックリした。
みなさんの励ましやお言葉が、とにかくありがたかったし、心強かった。
一通り返信が終わると周りの様子が気になった。

真っ暗闇、闇、闇である。月明かり一つない。
そして無音。
クルマのエンジンは止めていたが、ドアロックをかけた。
正直怖かった。
明日起きて仮設市役所に行くことだけを考えた。

ウトウトと眠りに就く頃、今度は激しい雨で叩き起こされた。
明日の天気を確認すると午後には晴れるらしいので少し安心して眠った。
が、余震で何度か起こされた。
もう夢だか現実だか分らなかった。

避難所や現地の人達の絶望感はとんでもないものだろう。
たった一晩過ごしただけだが、精神的にキツイのは理解できた。
風呂に入っていないから頭がかゆい。たった二日でだ。
歯ブラシもってきていないから口の中も最悪だった。たった二日でだ。
一番後悔したのは福島への物資を優先させて毛布などを持ってきていなかった。
それぐらい物資を積みたかった。
だからかゆいのだって我慢して眠った。


つづく
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by chocotaki | 2011-04-29 21:31 | ちょこたきの取り組み
高速道路は至る所で補修工事を行っていた。
郡山のあたりから「段差あり、速度注意」なんて看板がたくさんあった。
「地震80キロ規制や50キロ規制」まで存在した。
何か所かデコボコの大きい箇所もあって「高速だよな」と思う場所もあった。
雨の日の重量車両はとくに注意が必要だと思う。

制限速度で走っていると「ボッヨ~ン」と浮き沈みする。
まるで田舎道をスピード出して走行しているような感覚だ。
削ったり足した跡がたくさんあって補修はかなり進んでいるのだと思う。
夜間走行は特に注意が必要となる。

路肩の一番端っこは落ちかけている場所も多く、やや怖い。
緊急車両や一時停止を夜に行えば危険だと思う。
パイロンなどで示してはあるのだが、わかりにく場所も多くあった。
崩れやす状態になっている場所もあるだろう。
これから福島方面に向かう方がいたら参考にして頂きたい。

自衛隊のクルマも目立ってくる。「災害派遣」などと大きく旗をつけて走っている。
国土交通省対策本部車と書いてある車両とも遭遇、鳥取ナンバーだったと思う。
警察車両も約1キロ程の列を作って走っていた。
普段見ない光景は異様としか思えず、尋常ではない事態だということは誰でもわかる。

ガソリンは流通しており、サービスエリアだけでなく一般道でも問題なく買えた。
屋内退避エリアやその周辺の状況は確認していないのでわからない。

全体的に交通量は多く感じた。
東北道から磐越道に入ってもクルマの量はそこそこあった。

とにかく多く目についたのは「がんばろう福島」「がんばろう日本」などと書いた旗や紙。
これだけ多く目にしていると「がんばろう!」という気に自然となる。

山沿いの内陸部を走行しているので津波の心配はないが、地震がわからない。
AMラジオやハイウェイラジオを参考にするといい。
走行中に「地震注意」と電光板が出ていたので慌ててラジオを聞くと地震情報が流れていた。

ガソリン代のカンパを頂いていたので燃費走行に努めた。
エアコンは使用せずに暑けりゃ脱ぐ、寒けりゃ着るを実践した。
直射日光があたるときには窓を少し開けた。
最初から最後まで、ほとんどノンストップで走ったが停車時はアイドリングストップを心がけた。
無駄なアクセル操作にも注意を払った。
約33時間で1000キロ以上走破したので右ふくらはぎ外側が少し重い。

「眠くなったら早めに休憩」みたいな電光板がいくつか出ていて顔文字が使われてた。

大切な手紙と一緒に走った。
心が折れそうになったら読んで元気になろうと思っていたが、
ダッシュボードに乗せてあるだけで勇気をもらったし、不安にもならなかった。

今回ご協力くださった全ての皆様、励まして頂いた皆様のおかげで無事往復できました。
ありがとうございました。
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by chocotaki | 2011-04-29 01:55 | ちょこたきの取り組み
応援メッセージコーナーという場所が設置してあり、こちらで皆さんに書いて頂いた色紙や
お子さんからの手紙、ぬりえを貼って頂けました。
スタッフの皆さんは、とにかく優しくて温かったです。

何度も何度も「ありがとうございます」と言われましたので、何度も「伝えさせて頂きます」と返答した。
義援金を預かってきている旨を伝え袋のお金を出すも、こちらの体育館では受取れないらしい。
違う場所でそこまでは案内できない、体育館は離れられない様子だった。
手間をかけてもいけないので「これからさらに北上して岩手宮城もまわりますのでそちらに持ち込みます」と告げると、
「困っている人たくさんいると思います、そうなさってください」
皆様からお預かりした義援金19,300円は福島でお渡し出来なかった。
お寄せ頂いた皆様には申し訳ないけど、別の被災地まで持ち越すこととなった。
他の被災地に届ける物資がなくなったので、せめて義援金だけでも持っていこうという思考も働いた。

別れ際にお店の名前を聞かれた。
「ゴメンなさいそれだけは勘弁してください」というと
「え~今度皆で行くかもしれないし、ほらこの子たち東京から来てるのよ~」と若い男性が三人ほど出てきた。
男性達も「行くぜ!」的なノリではあった。
これはお店というよりもお客様のキモチだと受け止めているのでとにかく謝った。
またゴールデンウイーク明けに再度伺いますからと、ご勘弁頂いた。

そうして集積所を出発した。
すぐに僕自身のつまらないエゴを最後まで通したことを深く反省した。後悔もした。
聞いてくれているのに答えなかった自分に腹がたった。
次回聞かれたときには、キチンと伝えよう。

少しクルマを走らせると桜がとてもキレイで満開だった。
来る途中、高速からも認識していた。
広い区画に大量の桜が咲き乱れていた。
若松城(鶴ヶ城)跡だということを知った。
あまりにもキレイだったので少しクルマを止めて見学した。
写真もたくさん撮った。

日本が誇る桜が今年も咲いてる。
この景色を今年見る事ができなかった人がたくさんいるのだと思うと悲しくて涙が落ちそうになった。
泣かないとも決めていた、ギリギリセーフだった。
これもつまらないエゴだ!

そして会津若松市を出発した。

磐越道をしばらく走らせると東北道との合流。
僕は迷わず、仙台方面へとハンドルを切った。


【岩手編】につづく

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手前三つが持ち込んだメッセージ
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by chocotaki | 2011-04-29 00:57 | ちょこたきの取り組み
バケツリレーは僕のクルマ後方から体育館の中まで繋がっていた。実に組織的である。
慌てて飛び降りて、バケツリレーの先頭に加わるも、ほんの数分で全ての荷物を降ろしてしまった。
汗をかくヒマもなかった。

スタッフの女性も男性も全員がとても慌ただしく動き回っている、常に。
そして無駄なく機敏に働いているように見えた。

女性は「記帳お願いできますか?」と言われた、最初断ろうと思ったが、
大切に預かってきた皆さんからの思いをどうしても伝えたかった。
少しだけでも話を聞いて欲しかった。そして個人名で記帳をした。

お店の名前は出さないと決めていたので、
「みなさんから預かってきたんです」とお店で皆さんに記帳して頂いたノートを見せた。
女性の方は忙しいのにも関わらず、足を止めて聞いてくださった。
外に連れ出してくれて、少しの時間を頂けた。

嬉しかった。キモチを伝えられる。

東京の小さな飲食店なんですが、小さなお子様やママさんに多くご来店頂いております。
若いカップルや年配の方も訪れる店なので、皆さんに呼びかけしたところ想像以上に集まり
代表してお届けに参りました。たくさんの方々がご協力くださいました。
義援金もお預かりしています。応援メッセージの色紙も書いて頂きました。
遠方から郵送頂いたり、不足している物資を購入して届けてくれたりと様々です。
クルマが小さく、物資が多い為に積みきれなく、お店にまだ残っています。
ゴールデンウイーク明けに再度こちらに伺います。
そんな話をしていたと思う。

すると、ゴールデンウイーク明けの体制、
集積所が存在するかどうかもわからないからと言って確認用の電話番号を頂くことが出来た。
会津若松市社会福祉協議会とあり、ここに問い合わせれば確認できるとの事だった。

そして色々な話を伺うことができました。
避難者の多くは市内にアパートなどを借りて新生活をスタートしているそうで、
食器やシャンプー、歯磨き粉などの生活必需品が不足しているそうです。
特に男性用の衣類が必要と申しておりました。

ロジスティックは復旧していて、街の店には物流も行きわたり商品も陳列しているが
財産を失った方も多くいて、大変厳しい状況のが現状のようだ。
赤ちゃん用品だって売ってはいても買えない方が多いはず。

男性も色々と説明してくれたのだが、印象に残った言葉があった。
「東京電力がキチンと保障してくれれば、皆さんもう少し楽になるんですがね」


それから外には先ほど並んでいた方々が長蛇の列になっていた。
100人200人って数じゃなかったと思います。
もっともっと多く列が蛇行して伸びてました。
そのとき初めてボランティアじゃないことはなんとなく気が付きませんでしたが、
説明を受けるまで、物資を求める市民の方々だとは思いもしませんでした。



つづく

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by chocotaki | 2011-04-29 00:07 | ちょこたきの取り組み
入口には中心メンバーの雰囲気を出している女性が他の人と話ていた。
蛍光イエローで目立つ上着を着ていて、背中に大きくSTAFFと書いてあった。

「先日電話で問い合わせさせて頂きました者ですが、物資の受付はこちらでよろしいでしょうか?」

これまたインターネットの話になってしまうのですが「物資はもう必要ない」
「露骨に嫌な顔をされた」「全体的にピリピリムードだから支援する側も覚悟が必要だ」などの
事前情報を持っていたので、使った事のないような丁寧な言葉で挨拶をした。
仕分けに関しても完全に僕一人で行ったものであり、とても完璧と呼べる代物ではなかった。

「仕分けに関しても大まかな形ですのでご迷惑でしたら、必要なものだけを降ろします」と伝えた。
実は、福島の集積所だけではなく、実際の被災地にも届ける事ができればと考えていた。

「どちらからいらしてくれたんですか?」と質問されたので「東京から来ました」と伝えると
「まぁまぁ遠いところから、わざわざ届けてくださったんですか?ありがとうございます」と予想外のお言葉。

さらに北上することも頭の片隅にあったので、ついこう言ってしまった。
「全然遠くないですよ☆」すると
「なにを言ってるんですか遠いじゃないですか~、本当にありがとうございます」
ややいいムードである。

流れに乗って「先日お伺いした粉ミルクや紙おむつ以外にも大量に持ってきてしまっているのですが…」と恐る恐る聞く。
「あら~そうなんですかぁ、ちょっと待って下さいね」と体育館に入ってしまった。
マズったか!そう思った。

すぐに女性は他の男性を連れてきた。この方も中心メンバーっぽい。
「はい?どのような」的な空気だったので、最初から説明をもう一度した。
これまた超低姿勢で。

すると「わぁ~ありがたい助かります。感謝します」
支援側も覚悟が必要だ、という事前情報は吹き飛んでいた。
直接入口にクルマをつける様、指示があったので少しほっとした。
駐車場は砂利だったので台車は使えないし、距離もあった。
小走りでクルマまで行って、バックで入口につけると若い男性がぞろぞろと出てきた。
も、もしかして手伝ってくれるのか?!と少し期待してしまった。

積み込みの時に汗だくになってシャツがびしょびしょに濡れたのは深夜のことだった。
福島の天気は快晴で気温も非常に高かった。

そんな腰ぬけな期待をよそに、リアハッチバックを開けた。
天井いっぱいのオムツを見た皆さんは「おぉぉぉ~」と反応してくれた。
助手席も天井まで積んである物資をみて「お一人で来たんですか」と感心されてしまった。
「これ全部こちらで受取ってよろしんでしょうか、とても助かります」
「もちろんです」

屋根のスキーキャリア内も物資がぎっしり詰め込んであったので鍵を開ける為にスライドドアを開けてよじ登る。
バコッっと開いて「こちらにも積んであるので」と伝えるも、独り言だった。
すでにバケツリレー方式で後方の荷物がほとんど降ろされていた。
衝撃的だった。
あんなに苦労した荷物が一瞬にして、しかもまだ一滴も汗かいてませんけど…的な心境だった。



つづく

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by chocotaki | 2011-04-28 23:14 | ちょこたきの取り組み
4/26お店の営業が終わってから準備を開始。
物資の仕分け、ゴミや段ボールの後片付け、積み込み作業などが終わると全身汗だく。
一旦帰宅してシャワーを浴び、出発できたのは日が変わって27日の午前4:17。
不思議と疲れた感覚は無かった。
厳しい生活を送っている人を思うとなんてことはなかった。

目指す場所は福島県会津若松市。

インターネット「物資要求マップ」で、訪問場所を数か所ピックアップ。
ご迷惑にならない様に最大限の注意を払い、数か所に電話をかけて決断した場所。
会津若松は福島県でも内陸に位置し、関東からも近い場所だった。
それから去年の夏頃にアルバイトしてくれていた女性が会津若松に嫁いだ事を思い出し、
メールで物資を届ける計画を伝えると、彼女も災害直後に毛布を提供しに行ったという。

お店がある江東区を出発して無休憩で一気に会津若松市に到着。
到着時刻8:40。
アルバイトしてくれた女性に挨拶などをして訪問先である「福島県会津若松市旧学鳳高校東体育館物資集積所」に到着したのは9:30頃。
誘導される広大な駐車場には数多くのクルマが整列していた。
自分も順番に従いクルマを停める。
続々と福島ナンバーやいわきナンバーが入ってくる。
ディズニーランドの駐車場をご存じだろうか?
誘導員が指示をして順番に整列していくそんな感じだった。

体育館の入口にはすでに多くの人達が列を作っていた。
50人くらいはいただろうか、僕はこう思った。
「うわぁボランティアスタッフはこんなにも必要なのか」と。

全国から送られてくる救援物資は図り知れず、仕分けが大変だという。
都や区が個人からの物資を止めているほど支障がでてるのだから大変なのだろうと思った。
やがてその列は、どんどん入ってくるクルマの陰となり、自分の位置からは確認できなくなってしまう。
「支援物資受付場所」と大きく張り紙してある場所の扉が開いたので徒歩で確認しにいく。


つづく

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by chocotaki | 2011-04-28 22:17 | ちょこたきの取り組み

闇の恐怖とiPad

  
2011年 04月 27日

救援物資運搬報告

4/27(水)午前中に会津若松市の集積所に到着しました。
皆様からお預かりした物資や応援メッセージ、色紙などをお届け致しました。
会津若松市社会福祉協議会の方々と直接お話させて頂き、大変よろこんで頂けました。
集めてくださった皆様に感謝してます、よろしくお伝え下さいと、温かい言葉も頂きました。


2つ報告がございます。
今回の運搬でお預かりした全ての物資を積み込みできませんでした。
クルマに積みきれなかった物資は、お店で大切にお預かりしています。
ゴールデンウィーク明けに再度運搬します。

お預かりした義援金19,300円を集積所でお渡しできませんでした。
物資の集積所と義援金の受付場所が異なっており、その場は引き上げております。
現在、岩手県陸前高田市まで北上しており、津波被災地でクルマと身体を休めております。
明日の朝、1番で陸前高田市の仮設プレハブ市役所に届けようと考えております。
受領書なども発行されるはずですので画像などで報告させて頂きたいと思います。
本来、福島の集積所でスムーズにお渡ししたかったのですが遂行できずにすみません。
明日確実にお渡ししたいと思います。

物資集積に関する情報
4名の社会福祉協議会の方かたお話を伺うことができました。
結果から言うとまだまだ足りない物はとても多いそうです。
男性用の衣類、シャンプー、食器類、歯磨き粉歯ブラシなどの日用品関連
赤ちゃん粉ミルク、紙オムツや衣類だそうです。

私の仕分けも「完璧!」と胸を張れなかったので、
「もしお手間になったり、逆にご迷惑になるようでしたら持ち帰ります」
「岩手、宮城方面にも届けに行きます」と恐縮したのですが、
「全部置いて行ってくださっら助かりますよ」と優しく対応してくれました。
そして目の前で、一瞬にしてなくなりました。
物資を求める方々は想像を超えていました。
とにかくものすごい人でした。

生まれたばかりの赤ちゃんがいたら動けないのでししょう。
脚が悪いご年配の方だって難しいと思います。
現地でみていると誰かの代行で来てる方も多く見受けられました。
携帯で確認してるんですよ「オムツsサイズあったわよ、持って行く?」
そういって今、持ち込んだばかりの皆様からお預かりした物資が必要とされていました。

色々と抱いていた疑問も解消されました。
そもそも物資を求める人数だったり、どのように分配するのかなど。
皆さん生きるのに、生活するのに必死なんです。
転売がどうとか、抱え込みだとかそんな人なんていないと思います。
少なくとも僕がみて感じた限りではそのような方々はおりませんでした。


体育館に集められてる物資はとても整理されていて、見た瞬間に
「これには、ものすごいマンパワーが掛けられている」と感じました。
丁寧に仕分けされており、みやすく、わかりやすく並べられていました。
スタッフの方々はひっきりなしに動いてるんです
市民の皆様からのお申し出や質問に対応してるんです。
すさまじい現場を肌で感じることができました。

最低でももう一回来ることを伝えると、社会福祉協議会の電話番号を書いてくれました。
とっても忙しいのに、とにかく優しいんです。

僕も皆さんの大切な想いをお預かりしている身です。
最後までキッチリ努力しますのでよろしくお願い致します。



余談
今、陸前高田市で待機してるんですが物凄く怖いです。
余震はあるわ、街灯なんてあるわけないから闇の中でじっとしてるだけです。
無音です。

被災の状況も壮絶で、海からも近い。
少し高いところにいますので大丈夫だとは思いますが、今夜も眠れそうにありません。
被災した方々が日々どんな恐怖を抱いているのか肌で感じて一晩過ごしてみます。

ツイッター、メールで応援してくださってありがとうございます。
皆様の応援のおかげでここまで来ることができました。


ちょこたきCAFE
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by chocotaki | 2011-04-27 20:50 | ちょこたきの取り組み